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SSKエッセイ written by 笹原晃平

2020年6月からSSKに入居されたアーティスト 笹原晃平さんに、SSKについて質問してみたところ、たくさん語ってくださったので、全5回の連載形式でお届けします。初のSSKエッセイをお楽しみください。


#1

<はじめに>
大阪市住之江区の北加賀屋にある大規模シェアスタジオSuper Studio Kitakagaya(以下:SSK)を、この6月に退去することになり、運営組織であるおおさか創造千島財団さんより、2年間の使用した感想を短く書いてもらえないかと相談を受け、この文章を書いています。内容としては「入居のきっかけ」と「入ってよかったこと」を可能なら書いてほしいとのことでしたが、いろいろなことを思い出しながら書いていると、どんどん長くなってしまい、すでに少し反省しています。求められている文章ではなさそうですし、まだ書き終わっていないのですが、一度この前置きを整えつつ、そのまま提出することにしました。なんにせよ、SSKのような場所を必要とした人間の一例として誰か/何かの参考になればと願っています。それでは、徒然なるままに。

<入居のきっかけ>
2019年3月頃から建築家の百枝優さんにお誘いいただいて取り組んでいた、サウジアラビアの砂漠でのプロジェクトがひと段落ついたタイミングでcovid-19パンデミックに入り、日本でも7都府県で緊急事態宣言が発令され本格的に移動制限がかかり、さぁどうしようかぁという時にSSKの募集を知りました。それまで6年ほど大阪府に居住していたものの、大阪府では特に展示をする機会がなかったことや、そもそもアトリエ自体を構えずにこれまで主にアーティスト・イン・レジデンス(以下:A.I.R)など転々と制作してきたことを再考できればと思い応募にいたりました。その後、書類審査やZoom面談を経て、無事に入居できたのは2020年の6月19日でした。普通は見学してから応募するらしいのですが、私は下見などしないでA.I.R.の感覚で入居したい、と我儘を聞いてもらっていたため、ドキドキしながら空間と対面したことを覚えています。

SSKに入居した初日に撮影した写真

#2

<スタジオがあるからできる作り方>
私がお借りしたLarge Studio area Bは、約50平米で高さが約6mという規模で、人生で初めて滞在制作をしたロッテルダムのA.I.RであるFoundation Kaus Australis を思い出させました。そもそもこの規模の空間を大阪市内やその隣接市内で賃貸することはなかなか難しく、もしこれが東京だったらいくらかかるのだろうと考えると背筋がゾッとします。賃料としては、坪単価というよりは天井高ふくめた容積単価でみると、感覚的に相場の 1/3 〜 1/5 くらいですが、難波や梅田などの中心市街までの距離を考えると、おそらく相場の1/10という感じがありました(←実際はどうなんでしょう?)何よりも、急に大きな作品や造作をする機会がやってきて、その度に自宅がひっちゃかめっちゃかになっていた私には、ともかく非常に助かる場所でした。

2018年6月18日の大阪府北部地震により、制作中のものが倒れたときの様子。当時はTRIAXIS須磨海岸(設計:ICADA)の家具制作を自宅の賃貸マンションで行っていた。
2012年8月5日に自宅にて制作中に突如本棚が倒れ、作品素材のほとんどが蔵書の下敷きになった時の様子。当時は電通本社エントランスに設置予定のインスタレーション(百枝優氏との共作)を、鎌倉市の賃貸アパートで制作中だった。

また、入居の少し前から兵庫県宝塚市に拠点をもつ、みさごコーヒーさんとの「プレオープンズ」というプロジェクト(ショッピングモール内にシェアカフェ・シェアキッチンをつくり運営する)が始まっており、この店舗造作を大阪部北部の能勢にある住宅設備会社に間借りして行なっていました。6月にSSKへ入居をしてからはこれらの素材などをすべてSSKに搬入し、お店を1/1サイズでつくり、分解してパーツにして夜中に持ち込み組み立てるということを実現しました。(大阪での最初のプロジェクトは一夜城ということで、秀吉イズムと勝手に理解しています。)また、この2年の間でそのプロジェクトはSSKでの制作環境に頼りながら活動を広げ、吹田山田、兵庫尼崎(2022年3月で閉店)、川西多田、と3店舗となりました。内装、什器造作などSSKでの制作環境があったからこそだと思います。

SSK内で店舗を丸ごと制作した様子。このあとパーツ分けして解体し現場にインストールした。
インストールした後の様子(プレオープンズ吹田山田)
https://preopens.com

#3

<あったかもしれない大学院生活のようなもの>
私にとって全員初めましてのシェアメイトの皆さんは本当に温かく、切磋琢磨であっという間の2年間となり、周りの皆さんのおかげで本当にいろいろなことを考えながら制作に取り組むことができました。シェアスタジオということで、スペースとコストだけでなく、経験や方法はもちろんのこと、制作する上で抱える共有しきれないものをシェアすることができた、そんな場所であったように勝手に思っています。

かつて大学院に進学したかった私は最終面接試験で、木幡和枝さんに「あなたは外で闘いなさい」と言われ、日比野克彦さんに「晃平は大学に居るの?居ないの?居ながらにして居ないの?」と言われ、結局進学できませんでしたが、このSSKは私には「あったかもしれない大学院生活」だったように思います。プロが集まる、授業のない学校、、、もはや大学でもなんでもありませんが、おそらく2年という時間的な制約など鑑みても、いろいろなことを考えながら制作することが全面的に許される、そんな環境を大学院に求めていたのだと思います。

また、SSKの公募がはじまってすぐの時期に関われたことも、「人生とは場所を作ることだ」と解釈する私には、具体的な方法や知恵を得る機会となりました。だんだんと管理されていく規則や、思ったよりも緩くなっていくルールや、最低限の自治など、もし自分が場所を運営するならどうすればいいか、に対して、起こりうる問題点や解決策などをたくさん想像することができました。

おおさか創造千島財団広報用に撮影していただいた写真
(撮影:赤鹿麻耶)
オープンスタジオ2021 Spring TALK③「あなたと闘うこと」(谷原菜摘子 + 笹原晃平)のスクリーンショット
Super Studio Kitakagayaオープン記念企画「只今」(野原万里絵、林勇気、前田耕平)の写真
https://ssk-chishima.info/event/tadaima/

#4

<オープンスタジオでの取り組み>
この2年のあいだで、SSKではオンライン1回とオフライン2回のオープンスタジオが開催されました。最初のオープンスタジオとなった2020年9月のオンライン公開では、流行りの360度撮影をしたスタジオや共有部分を、ブラウザを通してツアーできるというもので、コロナ禍真っ最中の取り組みとして運営側の試行錯誤の結果であったように思います。加えて、各自が10分程度のインタビューを受け、それも公開していましたが、それは入居作家として日々の会話を交わすお隣さんが、オフィシャルな場所で自身のどのような部分を、どのように言語化するのか、を見ることができ、とても有意義なものでした。

第1回オープンスタジオのインタビューのスクリーンショット
https://www.youtube.com/watch?v=z_M_xP8EmzY&list=PL1Z8YftIFxwzoKPL10Hgers3Eu7HfxOcG&index=13

その後の2021年3月には2度目のオープンスタジオとして、SSKでの現場公開が実現されました。ここでは全体のディレクションをする機会をいただき、企画展のキュレーションもさせていただきました。「なにか入居者側でやるなら、全部やらせてほしい。私のやりたいことに隣人として協力してほしい。」と入居者の皆様にお願いするという、かなり無理矢理な構造を持ち込んでスタートさせた企画でしたが、千島財団スタッフの方々のフォローはもちろん、入居者=隣人=参加作家のみなさんの理解と協力のもと、「結から始まる起承転」という週替わりのグループ展を3週に渡り実現するにいたりました。企画から実現までおおよそ4ヶ月というタイトな日程ではありましたが、オープンスタジオという、位置付けの難しい状況に対して、「そもそもアーティストが制作している環境で展示する」という前提条件を生かした展示になったと思います。その中で試したかった新作も発表できました。

これらのオープンスタジオの機会では、キュレーション展示もでき、作家として新作をつくり、自身でもまだフレーミングできていないような取り組みを始めたりと、さまざまなチャレンジを後押ししてもらいながら、目標に向かってまた一歩進むことができました。

さて、私自身、SSKを退去する今年の6月からは、また運良く海外も含めていろいろと動かざるを得ない状況に戻りつつあります。どうなるかわからない世界と付き合いながらも、同時に大阪に少し根をおろしたこの2年間の延長戦として、府内でも少し広域な企画に参加したり立案したりがはじまっています。SSKの入居者とともに過ごした日々から得た、自分自身の特殊さに対する積極的な眼差しは、これからの数年の指標になるかと思います。

《未題》笹原晃平「結から始まる起承転 転の巻:智覚のナラトロジー」展示風景
https://ssk-chishima.info/archive/openstudio202103/
《未題》笹原晃平「結から始まる起承転 転の巻:智覚のナラトロジー」非公開部分風景

#5 最終回

<これからのこと>
SSKの利用報告書のつもりでしたが、ここまで書いたところでエッセイとして公開することが決まりました。内部向けなのか外部向けなのかわからない書き方で生じたヘンな浮遊感は気に入っていたのですが、エッセイという目的を背負ってしまうと、もう少し投げかけ方を変えねばと思ってしまいます。ということで、まとめと、これからのことを少し。

まず、SSKはかなり特殊な場所です。これまで綴ってきたハード面やソフト面の話だけでなく、そもそも、おおさか創造千島財団のおこなう一連の企画(https://chishima-foundation.com/vision)の中でも少し趣が異なる取り組みであると、私は考えています。なぜならSSKは、観光資源の創出や、住みやすい街を作ることや、ブランディグにより土地の価値を上げることなどの、即効的で直接的な目的だけでは語りきれない豊かな部分を残した施設/企画だと、この2年間の利用で感じたからです。(この”逆ジェントリフィケーションとしてのSSK”のお話はまたどこかで。)

また、SSKを担当してくださる財団スタッフの方々は、大家さんとしての役割以上に親身になっていろいろとサポートをしてくださいます。こう書いてしまうと、あるいはこれまでの写真などをみてみると、みんな一緒にワイワイという印象があるかもしれませんが、実際は入居者の皆さんは本当に勝手気ままに制作しています。もちろん和気藹々と制作している方もいれば、離群索居で没頭する方もいれば、行雲流水どっちでもいい方もいます。いろいろなタイプの入居者に対して、それぞれとの最適な付き合い方を模索されている運営スタッフの皆様には感謝しかありません。内部的/外部的な事情に対して、責任をもって管理する方がおられることが、いわゆるアーティスト・ラン・スペースやアーティスト・コレクティブと異なった、ある特別な状況を支えているのだと思います。

さて、私はこのような2年間のSSKでの日々のおかげで、ようやく大阪のアートシーンなるものに触れることが叶い、少しずつ状況を理解してきました。そして、この大阪で「直接的な目的を表明しない表現」を成立させ継続させる難しさを日々感じています。そのような意味では、きっとSSKも、これからその効果や結果が内外的に精査され、今よりも目的をハッキリとさせる時期が、いつかやって来るのだと思います。そうなることで、繁盛して大盛況の中で2号店や3号店やなんならフランチャイズ化されるかもしれませんし、何らかの要素で運営ができなくなってしまうかもしれませんし、うまく状況と付き合いながら100年先も続いているかもしれません。

その中では当然、運営や近隣の方など、関わる人々が変わっていくはずです。そして入居者についてはそれよりも早いサイクルで入れ替わりが起き続けます。キャリアを積んで次のステップアップを図る人や、現状に限界を感じてリフレッシュしたい人や、具体的につくりたいものがある人や、なんとなくとりあえずの人など、これからも様々な思いで入居される方がいるのだと思います。けれども、どのような状況においても、これまでと変わらず、関わる全ての人に新たな気づきを起こさせる豊かな場所であり続けてほしいと強く願っています。

まだ始まったばかりで、いろいろな可能性があるSuper Studio Kitakagaya。私自身この2022年時点に居合すことが出来てよかったです。皆様ありがとうございました。ではまたっ!

最近撮影した写真

笹原晃平 Kohei Sasahara

1984年東京都出身。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。周辺環境への取材とその場の関係性の構築から出発し、インスタレーション作品を発表するアーティストである。表現メディアに固執せず、様々な方法論で制作を行う一方、一貫して「人間の生活」を探求することにより、美術のみならず人類学や建築学などの総合的な分野への接続を試みている。
2007年《Home and Away》により川俣正賞を受賞。2008年《Soup and Recipe》でシティースケーパーズ・グラントを、2012年《P.I.V.O》で野村財団芸術文化助成を受給。2016年スポンテイニアス・ビューティーにより京都芸術センターのキュレータードラフトに選出。2019年《Sunny》がFRAC Grand Large-Hauts-de-Franceのパブリックコレクションとなる。国内外でのプロジェクト多数。
https://arahasas.com

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